心  武  円  和  の  合  氣  道

2019年6月20日 成田新十郎先生のご自宅でのご指導
    2019年(平成31年)3月28日、先生のご自宅に於いて 私 白山館長が
 「心武 円和の合氣道」のご指導を頂いた時の動画です。成田先生はこのとき御年90歳です。
 
  先生の無対立の心(下記「極意の考察(2)」で詳述 )は映像からは汲み取ること能わず、
 あたかも やらせ(八百長)の様に見えるため、体験することでのみ理解できるのです。
 
 
極意の考察(2)
 
  「心武 円和の合氣道」の極意は「氣発の合氣」であり、氣発とは、お互いを認識した時であり、
 合氣とは、天地・宇宙の氣と一体化した時であります。 天地、宇宙の氣と一体化するには
 自分の心を無対立(無心)にすることです。
 これから述べる極意の考察は科学的に証明されたものではなく、私(白山)が追究したものであり、
 これを信じ、行じ、確信となって、やがて感得することになります。
 
(1)氣とは、合氣とは
  氣とは、天地・宇宙を創っている根源であり、天地は氣で出来ている。従って人間も氣で
 出来ている。 人間は魂という名の氣体であります。魂に欲が付き心が出来上がるのであります。
 その心とは、思ったり、考えたりするところであります。
 人間が天地の氣と一体化する為には、人間も氣体になる必要がある。その為には無心になること、
 つまり欲を無くすことであります。
 武道に於いて、相手と対峙した時に対立心を無くすこと(無心になる)、
 相手を何とかしようとする欲を無くす事であります。
 また、肉体的には自然体になる事であります。自然体とは、全身の筋肉が弛んでいる
 所謂柔らかい状態、リラックス状態であります。
 つまり、無心、自然体になると天地・宇宙の氣と一体になるわけであります。
 従って相手の氣とも一体になっているのであります。
 これは、一瞬で相対的世界から一段上の絶対的世界に移行したことになるのであります。
 相対的世界では争いは生じますが、絶対的世界では争いは生じないのであります。
 
(2)人間の心と行動について
  人間の行動は、まず氣が動いて、次に心が動いて、それから身体が動いているのであります。
 つまり、心が身体を動かしているのであります。
  武道に於いて、お互いが対峙した時、決着がつくまで、肉体どうしが突いたり、斬ったり
 争っているが、真実はお互いの対立心(争う心どうし)がぶつかっているのであります。
 従って、片一方がやる氣(心)を無くすと争いは収まる事になります。
  相手を認識した時(氣発)、一方が無対立心(無心)になると、氣の一体化が起こり、
 一瞬にして、もう一方も争う氣(闘争心)が消滅することになります。
 
  彼我相まみえた時、一方が無心になると、一瞬にしてもう一方も対立心が消滅し、
 攻撃目標を失い 攻撃をやめようとするが、動き始めた身体は直ぐに止まらず崩れてしまうことに
 なります。 投げたり、斬ったり、突いたりするのは崩れた身体を処理していることになります。
 故平井稔翁は 死体処理のようなものだと話されておりました。但し 崩れた身体を何とかしようと
 欲を出して相手とぶつかると、相手は生き返るため、欲を出したら負けであります。
 無心と自然体の連続でなければいけないのであります。(これを流転と言います)
 
  つまり、接触する前に勝負はついていることになるのであります。
 従って、この武道は体術、剣術、杖術、等全ての武道に適応できる母体武道であります。
 

  スタンダード映像
 (720x480)で観る



 

2018年5月1日 白山館長の円乱取り
  1.円乱取りについて
 ・人間の行動は、先ず氣が向いて、次に心が動いて、それから体が動くのです。
  氣については、TOPページの下右枠内「3.円和の合氣道の極意とは?」をご参照ください。
  氣は意識してコントロール出来るものではなく、無の境地で我と天地を無限に巡るものなのです。
 ・円乱取りの狙いは、彼我の氣の一体化(腰回りの発現)が出来ていることを 確かめることに
  あります。
  彼我相対しているとき 我は無の境地に到り 彼がそうでない場合、我の氣は限りなく出て彼の氣と
  つながり 包み込む。これが氣の一体化であり、この瞬間 彼は我を見失い ”アッ”と一瞬 心が
  乱れて 体勢を崩してしまうのです。
  氣や心は目には映りませんが、我はこの崩れを見て氣の一体化(腰回りの発現)を確認している
  のです。
 
2.白山館長の円乱取り映像の解説
  相手が私(白山館長)を投げようと全力で掛かってくる。
  最初 私もそれに対抗して相手を投げようとするが、お互いに対立してぶつかり合い 私より身長・
  体重・腕力 の勝る相手を投げることは出来ない。
  この後、私は平常心(無対立の境地)で自然体になることにより 相手との氣の一体化が起こり、
  相手は目標を失い、心が乱れ、身体が崩れてしまう。
  この崩れた瞬間 私は無意識に相手を投げているのである。意識して投げようとすると 相手と
  ぶつかり 相手は直ぐに崩れから回復し 私は相手を投げることができなくなるのである。
 
  次に、相手が離れた所から 私を投げようと掛かってきたとき、私は平常心 自然体で相手を受け
  入れると、相手と私との間に氣の一体化が起こり、相手は 私の氣に順応し(氣発の円和)浮き
  上がって崩れ、その瞬間 私は無意識に相手を投げているのである。
 

  スタンダード映像
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2017年3月26日 白心館道場「円和の合氣道」発足式
 
白山館長による「円和の合氣道」の説明
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成田新十郎先生の ご指導 1
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成田新十郎先生の ご指導 2
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成田新十郎先生の ご指導 3
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2014年4月19日 Munchen OHAYO道場での 成田新十郎先生の ご指導風景
 
成田先生の ご指導風景 1
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成田先生の ご指導風景 2
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成田先生の ご指導風景 3
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2005年11月3日 明治神宮奉納演武会での 成田新十郎先生の乱取り
   成田先生が77歳のときの 乱取り です。先生が 無対立の境地 で
相手に向かって進んで行く事により(この時 氣の一体化 が起きている)、
相手は 争う対象 を失い、その 対立心 は 空転 し、自らの心が乱れ、体勢が崩れた瞬間
先生は スーッ と相手の内に入って(これを 入り身の真 という)、相手の崩れた身体を
無意識に 投げて(打って・突いて・斬って)いるのです。
 

 
成田新十郎先生の乱取り1 (体術 対 体術)
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成田新十郎先生の乱取り2 (体術 対 剣術)
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成田新十郎先生の乱取り3 (体術 対 剣術)
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成田新十郎先生の乱取り4 (体術 対 杖術)
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成田新十郎先生の乱取り5 (剣術 対 剣術)
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成田新十郎先生の乱取り6 (杖術 対 杖術)
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